大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2266号 判決 1969年11月15日
原告
徳山こと朴徳汝
被告
矢野駒治
ほか一名
主文
一、被告らは、各自原告に対し金一一〇万円およびこれに対する昭和四二年一月一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担としその余を被告らの負担とする。
四、この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。
五、ただし、被告らが、各自原告に対し金七〇万円の担保を供するときは、それぞれの右仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
被告らは、各自原告に対し、金四、二九四、三〇〇円およびこれに対する昭和四二年一月一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、当事者の主張
一、原告、請求原因
(一) 本件事故の発生
日時 昭和四一年一二月三一日午後二時ごろ
場所 大阪市城東区白山町三丁目一八番地先路上
事故車 大型貨物自動車(大一は四八三号)
運転者 被告矢野
態様 原告が、果物店の店先で買物をしていたところ、北から南へ進行中の事故車によつて左足背部を轢過された。
受傷 原告は、左足趾および左第二趾挫滅創、左足背部挫傷兼趾骨々折の傷害をうけた。
(二) 帰責事由
1 被告矢野は、事故車を運転して時速約五キロメートルで進行中、原告を八メートル手前で認めていたのにかかわらず、一時停車を怠り、かつ道路の東側に自動車を寄せられるだけの十分な余裕があるのに、ことさらに原告のいた道路西側を直進した過失のため、本件事故を惹起した。
2 被告会社は、事故車を保有し、これを自己のための運行の用に供していた者であり、被告矢野は被告会社の運転者として、その業務に従事中、本件事故を惹起した。
3 従つて、被告矢野は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条さもなくば民法七一五条により、それぞれ本件事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
(三) 損害
1 逸失利益 金三、二九四、三〇〇円
原告は、本件事故による傷害のため、事故後直ちに入院して昭和四二年三月末日退院し、その後同年七月末日まで通院して治療をうけた。しかし、後遺症として、左足の母ゆびの挫滅および関節部の屈曲障害のためびつことなり、著しい運動障害を残していて、行動力が半減し、自賠法施行令別表の後遺障害等級表によれば、第七級に該当する。ところで、原告の夫、徳山官豪は、自宅において、白山化学工業所という名称でプラスチック製品の廃品再加工および販売をしているが、原告は、事故前この仕事を手伝い、作業所で廃品を粉砕機にかけて再生加工する仕事を責任をもつてしていた。しかし、原告は右傷害のため、七か月間働くことができず、また、昭和四二年八月以降その労働力は半減した。
そこで、原告の右労働による利益は、夫徳山官豪の収益から算出すべきである。同人の右営業による昭和四一、二年の月平均売上高が金一七〇万ないし一八〇万円で、同買入高が金一〇〇万円であるから、その差額から諸経費を控除すると純利益は月平均金一五万円である。この内原告の労働によるものを四〇パーセントとみるのが相当で、一か月金六万円である。そうすると、原告の逸失利益は、次のとおりであり本訴において内金請求する。
(1) 事故後昭和四二年七月末日まで、七か月間で金四二万円。
さらに、原告は四八才であるから、将来一五年間は就労可能であり、同年八月以降労働力をほぼ半減したものとし、かつ控えめに一か月金二五、〇〇〇円の減収があるものとし中間利息を控除して算出すると、
(2) 二五、〇〇〇円×一二×一〇、九八一=三、二九四、三〇〇円となる。
2 慰藉料 金一〇〇万円
原告は、前記後遺症のため現在でも左足は右足より短く、靴や下駄をはけず、長い時間運動すると左足母ゆびがはれ上り苦痛を感ずる状態で、一七才を頭に三人の子の母として日常生活の不便などその精神的苦痛が大きく、慰藉料として金一〇〇万円を請求する。
(四) よつて、原告は被告に対し第一、一記載の金員の支払を求める。
二 被告ら
(一) 請求原因に対する答弁
本件事故の発生は認める。
帰責事由中、被告会社が事故車を所有していることを認める
その余は否認する。
損害はすべて不知。なお原告の収入について、原告の労働力相当の労働者の賃金によるべきであり、しかも主婦兼業の労働であるから一か月金三万円を超えるものでない。
(二) 被告会社の運行供用者責任について、
被告会社は、事故車の車輛検査をうけるための整備を訴外株式会社新和自動車に依頼し、同社の従業員である被告矢野が事故車を引取りに被告会社まで来たので引渡しを了した。そして被告矢野が、整備工場まで事故車を運転して行く途中で本件事故が発生した。右訴外会社では、取引先から車輛の整備依頼をうけた場合、常に取引先まで出向いて車輛の引渡をうけており、他方被告会社も車輛の整備を依頼するとき、整備会社から引取りに来てもらい、整備が完了すれば被告会社まで運ばせて受領しているのが常である。一般に自動車の修理依頼は、請負と寄託との混合契約であると解されているところ、本件事故当時においては、被告会社から訴外会社に対し事故車の寄託のための占有移転が完了している。従つて被告会社は、事故車に対する運行支配および運行利益をもたず、運行供用者とみるべきでないから、その責任はない。
(三) 過失相殺
被告矢野は、事故車を運転して本件事故現場を通過するに際し、事故発生地点の約八メートル手前で停車し、警音器を鳴らし、前方約四メートルの道路上に出ていたミカン箱を取り除いてもらい、さらに前方に原告と店舗の主人らしい男が立つているのを確認して、時速約五キロメートルの低速で進行した。しかも事故現場の東側の電柱に事故車のバックミラーがふれるほど東側寄りに進行し、原告の動静にも絶えず注意して事故車の前部が通過した後で、原告が左足先を前にふみ出したため、その足先を後輪で轢いた。右のように事故車が進行しているのを、原告は知りあるいは知りえたのであるから、自ら退避するか、事故車が安全に通過できるよう行動すべきであつた。しかし、原告は事故の発生を防ぐ行動をとらず、事故に遭過したのであるから原告にも過失がある。
第三、証拠等〔略〕
理由
一、本件事故の発生は、当事者間に争いがない。
二、被告矢野の責任
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故当時における現場は、大みそかであるため幅員僅か五メートル内外の道路に自動車、歩行者などの通行がひんぱんで、ことに道路の両側に商店や出店があるため、買物客が多く出ていた。果物屋の出店が道路上の西側に品物を出し、また同じく西側に停車中の軽自動車があつて、大型車輛の通行は容易でなかつた。しかし、道路は直線で見透しはよく、交通規制も速度四〇キロメートルの制限のほか、特にない。路面は、全部アスフアルト舗装されている。
(2) 事故車を運転していた被告矢野は、事故現場の約二〇メートル先の被告会社から住所地にある自動車の修理工場へ行くべく進行していたが、事故現場の状況を以前からよく知つていたので、時速約五ないし六キロメートルの低速で北から南へ進んだ。
ところが、前方右側にある出店が、道路上へ出すぎて事故車の通行が困難であるため、一時停車して警音器を鳴らして、みかん箱を取り除いてもらつた。その間被告矢野は、約八メートル前方右側の果物の出店先で、原告と出店の主人とが立つているのを認め、かつ、その反対側(左側)に電柱があるので、時速一〇キロメートル程の低速で電柱に接触しないように事故車を進め、その場を通過しようとした際、痛いという声がして直ちに停車したところ、すでに事故が発生していた。原告は、果物屋で買物をして、それを自宅まで届けてくれるよう依頼していて、事故車の接近してくるのを全然気づかず、その通過中に出店の主人から危いと声をかけられて、ふりむいてはじめて事故車に気づいた。同時に危険を感じた右主人が原告の身体をかかえて引つぱつてくれたが、原告の左足のみ前へ出ていて事故車の右後輪で轢かれるに至つた。
なお、〔証拠略〕中、被告矢野が事故車の窓から原告らの動静をよく見ていたこと、果物の出店の主人が、オーライと連呼していた旨(この点〔証拠略〕中にも)述べていることは右認定した事故の状況から考えてたやすく信用することはできず、他に右認定を動かしうる証拠はない。
そうすると本件事故は、被告矢野が道路幅の狭い、人通りの多い場所で大型車である事故車を運行するのに、一時停車して原告らに注意を喚起し、かつ通過中は側方に対して十分注意すべきであるのに、これを怠つた過失のため惹起されたものである。従つて、被告矢野は、民法七〇九条により本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
三、被告会社の責任
被告会社が、事故車を所有していることは、自認しているところである。ところが、被告会社は事故車を訴外株式会社新和自動車へ修理の依頼をなし、すでに引渡完了後の事故であるから、運行供用者でない旨を抗弁するので以下この点について判断する。
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。被告会社は、事故車の車輛検査をうけるため被告矢野が経営している訴外株式会社新和自動車へ整備を依頼し、被告矢野に引き取りに来てもらつた。被告会社では、自動車の修理はいつも右訴外会社に依頼して、同社の者に被告会社の事務所へ引き取りに来てもらつていた。そして、被告矢野が事故車を運転し、被告会社の事務所を出て約二〇メートル程進行して本件事故現場にさしかかつたのであるが、右現場が年末で通行しにくいこともあつて、被告会社の役員である西原憲一が、事故車の後方約三メートルの位置から歩いて追従し、その進行を見ていた。他に右認定に反する証拠はない。
一般に自動車を整備、修理することの契約は、寄託と請負の混合契約であつて、寄託中、修理に必要な範囲で試運転等の運行がなされるので、車輛の所有者から修理業者に運行支配が移ることになり、特段の事情のないかぎり所有者が運行供用者責任がないと解される。ところが、修理業者に車輛が引き渡されても、引渡場所から保管、修理場所まで運行される過程ではその状況によつて所有者の運行支配が存している場合がありうる。ことに所有者側が、車輛の運行状況を見てあるいは見ることができ、これに指図しうる段階ではなおさらである。本件については右認定事実によると、被告会社が、訴外会社の被告矢野に被告会社の事務所で事故車を引き渡しているが、事故現場は事務所のすぐ近くの道路であり、しかも当時の現場の状況から安全に運転できるよう被告会社の西原が、事故車の後についていたことなどを考え合せると、いわば事故車はまだ被告会社の手の届く位置関係にあつたもので、いまだ被告会社は、右西原を通じて事故車に対する運行支配をなしうる状態にあり、(運行利益は、当然喪失していないこと自明であるから)その運行供用者たる地位にあつたものと認めるのが相当である。
そうすると、前記二で認定したとおり、本件事故につき事故車の運転手被告矢野に過失がある以上、被告会社は自賠法三条により本件事故から生じた原告の損害を賠償する義務がある。
四、損害
イ 逸失利益 金四〇万円
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。原告は、本件事故による傷害のため、昭和四一年一二月末日から翌四二年三月二三日まで大阪市東成区西今里町の中村外科病院に入院し、その後同年七月末日まで同病院へ通院して治療をうけた。しかし、左足母ゆびと第二趾については、関節に著しい運動障害を残し、母ゆびの方は一部骨の欠損があり伸びたまま曲らず、第二趾の方は曲つたまま伸びない状態で、その後も昭和四三年二月ごろまで接骨院等へ治療に行くなどしていた。現在では、歩行も自由にでき仕事もしているが、左足に力が入らず以前のようには仕事ができない有様である。原告は、大正九年四月二〇日生れの女性であるが、本件事故前、夫の徳山官豪の経営する合成樹脂加工業を手伝い、自宅内にある工場で従業員三名と共に押出機を操作して永年働いてきた。
ところで原告は、逸失利益の算定根拠を夫の収益の一定割合に求めるべく主張、立証しているが、夫の収入は従業員、機械の設備をもつた企業的収入であり、原告が夫の企業に関与し、労働以外の面でも他人をもつて代えることができない場合ならば格別、そうでなければ代りの雇人等に支払うべき給料を基礎にして算定するのが妥当である。
〔証拠略〕によると、原告の夫は、外交、営業を担当し、工場内の仕事の段取りもつけ、時には工場で仕事もするという役割をして来たが、一方原告は工場内の仕事の責任者として働いていたことが認められるが、特に取引先での信用上、あるいは仕事の技術面から原告でなければやれないような事情があつたとは証拠上認めることができず、むしろ他人を雇つてでもできる仕事であるから、その逸失利益は、原告と同じく働いていた従業員の給料を参考に算定することとする。〔証拠略〕によると、昭和四一年ごろに右徳山方で働いていた従業員の日収は金一、一〇〇円、金一、三〇〇円、金一、六〇〇円とに分れていたことが認められるから、原告の代りの雇人を入れる場合、その経験や責任者として最高額の金一、六〇〇円を支給するのを相当とする。
そうすると、右認定事実から原告は少くとも昭和四二年七月末ごろまでは稼働することができなかつたものと推認でき、その間の休業損として、一か月二五日働くとして七か月間で
一六〇〇×二五×六・八八五七=二七万円(一万円未満切捨)となる。その後も後遺症(自賠法施行令後遺障害等級別表によれば第一一級八号に該当)のため仕事の障害になつているが、足先を主として使う仕事でないかぎり仕事に慣れるに従つて労働能力の回復も可能と考えられるから、最後に治療をうけてから一年後の昭和四四年一月ごろまでは、少くともその労働能力の二〇パーセントを喪失したもの(労基監督局長昭和三二年七月二日通牒、労働能力喪失率表)として、一八か月間の逸失利益は、
一六〇〇×二五×〇・二×(二三・七三四七-六・八八五七)=金一三万円(一万円未満切捨)となる。従つて合計金四〇万円が原告に生じた損害と認める。
ロ 慰藉料 金七〇万円
前記認定した原告の傷害程度、後遺症、治療経過と本件事故の状況と、原告が、夫のほか一七歳を頭に三人の男の子の面倒をみてきたうえ、夫の仕事も助けてきた家庭内事情(前掲証人徳山の証言)などを斟酌すると、その身体的、精神的苦痛を金銭に見積ると、金七〇万円をもつて相当である。
五、過失相殺
前記二に認定した事実からすると、普段ならば原告が事故車の通過に気づくべきであつたが、当時は年末の混雑の中であり、しかも事故車の方に背を向けていたものと思われる原告にこれを求めるのは無理で、むしろ被告矢野や西原がもつと注意を喚起するよう行動すべきであつた。従つて本件事案では、過失相殺することは相当でない。
六、そうすると、原告は被告らに対してそれぞれ金一一〇万円およびこれに対する不法行為日以後の昭和四一年一月一日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行および同免脱の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤本清)